2026/01/09
◆お城巡りとシンボルタワー◆
私は小学生の頃から日本の歴史が大好きで“漫画・日本の歴史”を含み多くの歴史に関する書物を読み漁りました。そのためか医学という理系の道を選択しながら、高校の成績は日本史が一番よかったと記憶しています。
そんなこともあり、子供時代の趣味はお城巡りであり、三つ子の魂百までというか未だに趣味として持ち続けています。例えば学会で地方都市を訪れた際に近くにお城があれば昼休みや議事総会等の時間を利用して出掛ける事もしばしば。それに加えて、最近では休日を利用してお城を見るためだけに遠方に旅行することもあります。一応家族も誘うのですが、都会好きのわが家族にとって田舎への観光はあまり喜ばれず、寂しいかなほとんどが一人旅です・・・(笑)。
しかし、私の思い入れに反して、意外にも一部の例外を除いて城郭は観光地としてはそれ程の人気スポットではない感じがします。
その一因として元々城郭は外部からの侵入者(敵)に攻められにくく造られているために観光の最終目標である本丸・天守閣に達する道のりが容易でないためではないでしょうか。即ち、山城はいうまでもなく、平城でさえもいくつもの曲がりくねった通路を走破せねばならず、かなり骨の折れる仕事だと思います(天下の名城・姫路城や熊本城に行かれた方は御納得していただけると思うのですが—)。
そういう訳で昨今の観光の主役である老人方が敬遠するのも致し方なく、予想外に寂れた城郭やみあげ物屋が目立ちます。只、私自身はこの骨の折れる仕事を体力保持のバロメーターとして活用しています。例えば、日本一高い石垣を有する丸亀城に登ると年毎に息切れが増すのがよく分かり、普段はそれ程感じない日々の運動不足を再認識してスイミング・スクールに通う回数が増えたり、といったものです。
御存知の方も多いかもしれませんが、全国には沢山のお城が存在するがそのシンボルである天守閣が明治以前の建造物として残存するのは12箇所に過ぎません。これは明治政府に対して当時の藩主が恭順の意を示す意味で自ら天守閣を破壊したり、第二次世界大戦の空襲により失われたりした場合が多いためです。
具体的には、弘前城、松本城、犬山城、丸岡城、彦根城、松江城、姫路城、備中松山城、丸亀城、松山城、宇和島城、高知城がこれに該当します。幸い中国・四国地方に多いこともあり、既に私は弘前城を除き11箇所を訪問することが出来ました。それぞれの規模や風格には違いがあるが、どの天守閣も趣がありそれなりに楽しませてくれます。当然残る弘前城もできる限り早い時期に登城したいと考えているのですが、一方で新たに造り替えた天守閣を見たり、登ったりするものほど興ざめする事はないんです・・・。大阪城、名古屋城、伏見桃山城等の鉄筋コンクリート造りは言うまでもなく、古来の設計図を忠実に再現したとされる木造の大洲城でさえもかなりの違和感を覚えました。今、高松では観光のシンボルとして高松城天守閣の再興計画が進んでいます。
生来初めて出会ったお城が高松城であった城郭フェチとして一言言わしてもらえれば、確かな設計図さえもない高松城天守閣を多額の税金を使って再興することは愚の骨頂なのでは・・と考えてしまいます。古くから残存する石垣、堀、櫓からなる城郭、それでこそ古城の趣があるのではないかと思うし、高松には多額の税金を投じたシンボルタワーは既に存在するのになんで今更・・・という気がしてならない今日この頃です。
【宮崎 雅仁】
